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私と太極拳(4)

 ちょうどこの頃、先生は「気功」に興味をもたれ、あちこちで習ってきては私たちに教えてくれた。その為、いつのまにか「太極拳+気功教室」となり、とても得した気分だった。  というのは、私も以前から気功には興味があったので、機会があれば知りたい、やってみたいと思っていたからだ。幸いうちの教室の生徒は、みんな気功もすんなりと受け入れたので、私たちは、いろんな気功を習うことができた。
 主だったのは、「香功」、片野貴夫さんの気功法などである。このほかにも、いろいろあったが長く続かなかったので、忘れてしまった。また、先生もつぎつぎにいろいろと試すので、最終的にみんなでやって「よかった」といえるものが残っていった。
 今もときどきやっているのは、片野貴夫さんの気功法である。そのうち、「骨盤矯正気功」(腰痛に効く)、「頭の気功」(顔と頭全体の気功で、マッサージ効果あり)、「八方向気功」(体のストレッチ)は、実際にとても効果があり、いまでも自分ひとりでやることがある。
 毎回教室で、かならずやっているのは、「頭の気功」である。これは、疲れた頭部の神経をリラックスさせるので、とてもいいと思う。これを柔軟体操のあとに行うと、おちついた気持ちで太極拳ができるのでよい。
 「気功」を習ってよかったのは、場所をとらず動作も簡単で体の負担が少ないので、いつどこでもできるという点である。職場でも、休憩のときに二三の気功をやったり、家にいても坐ったままですぐにできる気功をやったりできる。常に、全部をやらないといけないのではないので、思いついたままに「あれをやろう」と気楽にできるのがいい。こうやって「体を整える」という気持ちを日常生活のなかにとりくむと、疲れをためこまないですむ。
 私も、「腰が痛い」というときは、「骨盤矯正気功」をやったりした。また、目覚めが悪いときは、「頭の気功」のうちのいくつかをしたりする。生活のなかにつねに「気功」を取り込むことがいいのではないかと思っている。  太極拳をやる前に、「気功」をすこしやることで、神経がリラックスできて、それだけ体の動きもよくなる。
 いろいろな人がいて、太極拳は武術だから、「気功」とは一線をひくという考えの人がいる。そういう人は、そもそも「健康のために」と太極拳をやる連中は武道とはなんたるかもわからぬ人たちだから、自分たちといっしょにしないでくれという。そして、ひたすら「強くなる」ことが太極拳をやるものの目標だと主張する。
 「強くなる」とは、武術としての技をみがき、競技会で優秀な成績をとることである。とくに、男性はこの考えの人が多い。  そういう方々からすれば、「なんで気功なんてやるのか、そんなことをやるなら太極拳のための練習にもっと時間をとれ」と思うだろう。そして、そういう方々は、気功なんて自分たちには関係がないことと思う。
 私は、そういう方々にたいしては、けっして否定しない。しかし、どんなにすばらしい武術家でも、年寄になったとき、何人死ぬまで健康でいられるんだろうか。  若い頃からさんざん体を鍛えてきたのに、なぜそうなるのだろうか。真のその道の大家は、おそらく「内気」を養い、肉体も鍛え、年をとっても健康でいられるように目指すだろう。だが、そういう人は少ないのではないか。
 私は、「強くなる」ために太極拳を習うのではない。私の目的は、「健康に年をとること」である。体の健康を保つための太極拳であり、誰かと競争するためのものではない。  たとえば、96年に、先生の師匠である王西安老師が日本に来られて、あちこちで、「採気法」を教えられた。
 これなどは、単に「強くなる」を目指す武道家たちには、「気功」の一種のようで、きっとつまらなかっただろう。そんな地味でつまらない練習を果たして何人その後も続けているのだろうか。私には、このことを日本に広めたいとされた老師の気持ちがすぐにわかった。「内気」を養う方法なのだから。本当の「強さ」という観点からみれば、老師はきっと一番いまの若い武道家の足りない部分を見抜いておられたのだ。
 私も、習ったが、はじめは長い「呼吸」をするだけでけっこう苦しい。それだけ深い呼吸を普段していないからである。しかし、気功では「呼吸」がとても大切とされている。人間は、普段肺活量が少ないらしい。深呼吸をすることで、これが大きくなる。すると、体のなかに空気がたくさん入りこみ、体にいい影響をおよぼすのだという。
 もともと私たちの教室は「太極拳」を習うための教室なのだから、太極拳だけを教えていればいいのに、先生はいろいろな「気功」を教えてくれた。ご自分でもつよい関心があるからこそ、そうしたのではないかとおもうが、私はとても感謝している。
 また太極拳はそれを続けることで、一年ごとになにか自分の体に「変化」があらわれることが楽しみである。もとより、「体を整える」ために太極拳をするのだから、その観点にたっての小さな変化という意味である。  また、毎回太極拳をすると、そのときの「体調」がすぐにわかる。体調が良いときは、「流れる水」のごとく体が軽くてよく動くが、体調が悪いときは、「鉛」をぶらさげているように体が重いし、動くとあちこち痛むこともある。
 これほど、人間の体というのは毎日ちがっていて、同じではないということを実感することはない。いわば「健康チェック」の役割もはたしているのだ。  この三年間は、「気功」を習うことで、体のなかにも目を向けるいい機会を与えてくれ、また一歩掘り下げて「太極拳」を見つめ直すことができた時期だったと思う。

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